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SHORT STORY

造山古墳

「造山古墳はどこですか?」、造山古墳のすぐ横で聞かれたことがあります。あまりにでかい古墳であるため、近くにいても人工物とは理解しにくいようです。それもそのはず、全長が350mもある超巨大前方後円墳なのです。全国第4位の大きさとはいいながらも、3位までは天皇陵に治定されているため、立ち入り禁止。したがって登れる古墳としては全国一の大きさです。しかも、家来の墓とも、身内の墓ともされる陪塚が、6基もあります。そのうちの1基、千足古墳はきれいに整備され、石室も見学が可能です。
さて、造山古墳は吉備の豪族の墓と考えられてきました。ところが、考古学の研究がすすみ、築かれた時は第1位や2位の古墳よりも古く、第3位の古墳とほぼ同じ時代に築かれた、という説も出てきました。そうすると、同じ時代の大王墓とは、わずか10mほどの差となります。造山古墳が築かれた5世紀前半、吉備の王が大王とほぼ同じ勢力を持っていたわけです。大王に象徴される桃太郎と、吉備を支配していた温羅が戦う伝説は、そのことの反映ではないでしょうか。
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高松城水攻め

さらに造山古墳は、歴史上の大事件とも関わっています。それは、織田信長が討たれ、豊臣秀吉が天下人になるきっかけとなった高松城水攻めの際、砦に利用されていたことです。今も、後円部上には砦の土塁や竪堀が残っています。後円部の上から見ると、高松稲荷の大鳥居の左側が高松城で、背後の丘陵に秀吉勢の陣城が広がっていました。造山古墳では、戦国パノラマも体感することができるのです。
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キジ

造山古墳は秀吉の侵攻に備える毛利軍に山城として利用されたと言われていて、陣地の跡と見られる柱穴も見つかっているよ。

サル

見晴らしがいいからちょうどよかったんじゃな!

イヌ

古墳にコーフンだワン!

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